様々な思惑見えた7戦目 終わってみれば「非凡」の一語
ということで辰吉丈一郎の思い出シリーズ、6回目です。
アブラハム・トーレス戦の引き分けを受けて、辰吉の世界挑戦計画は修正を余儀なくされました。
対戦相手に選ばれたのは、当時WBAジュニア・バンタム級2位の比国人、レイ・パショネスでした。
トーレス戦の引き分けが評価された、と書くのも微妙な感じですが、辰吉はバンタム級でWBA11位、WBC16位にランクされていました。
世界挑戦が決まれば、言ってしまえばどうとでもなる位置までは来ているが、やはり試合内容からくる評価、及び本人の心身への影響も考え、もう一試合「挟む」選択がなされたのでしょう。
そういう試合の相手としては、トーレス級の強敵は避けたい。でもランキングは高い方が良い。
そんな都合のええ話ありまっかいな、と普通なら思うところですが、こういう難問を見事に解く能力に関しては、日本のボクシング関係者は、辰吉以上に天才的です。
レイ・パショネスはこの試合の時点で37戦、31勝(9KO)2敗3分。
対戦相手の中には、ローランド・パスクワ(後のWBCライトフライ級王者。チキータをKO)、コブラ・アリ・ブランカ(カオサイにKO負け)、タシー・マカロス(元IBFライトフライ級王者、ムアンチャイに敗れる)、エボ・ダンクアー(=エボ虎井、ガーナ人のライトフライ級世界ランカー。大鵬健文に判定負け)らに勝った星がありますが、いずれも下の階級ばかり。
バンタム級の強豪との対戦はない選手でした。
そういう選手と辰吉を闘わせるにあたり、陣営は当初、契約体重を117ポンドに設定する、と発表していました。
ジュニア・バンタム級での世界挑戦も、選択肢のひとつとして見据えた上で、という報道を見た記憶があります。
しかし、いざ試合当日になってみると、そんな話はなかったことになっていました。
いつ、バンタム級ジャスト、118ポンドの試合に変わったのか、はっきりとした発表を見た記憶がありません。
まあ、この辺は単に私の見落とし、記憶違いなのでしょう。
なんやかやと思うところはありましたが、試合が始まると、辰吉丈一郎は己の非凡な才能を、試合全般に渡り、これでもかと見せつけました。
スピード満点のジャブとフットワークでペースを握り、毎回のようにヒットを重ね、パショネスのパンチの大半に空を切らせる。
時に挑発的なパフォーマンスも見せつつ、多彩なジャブ、左ボディブローから上へ左右の返し、といったコンビネーションを決める。
中盤、何ラウンドだったか忘れましたが、バックステップを踏みつつ左ボディブローを決めたシーンには、思わず目を見張りました。
洋の東西を問わず、それまで見た試合の中では、あまり見たことのないテクニックでした。
前に出ようとしたパショネスが、ダメージと共に「驚き」をもって、一瞬、動きを止めてしまった姿を覚えています。
試合は大差の勝利に終わりました。
世界2位、という内実を持つ相手だったかというと違うでしょうが、少なくとも一定の水準以上にはある「比国王者」を、それこそ寄せ付けず完封して勝つ。
思えば、アマチュア19戦(18勝1敗)、プロ7戦目のボクサーの仕業ではありません。
しかし判定のコールを聞く際から、辰吉の表情に喜びはなく、試合後の取材対応時にも、陣営共々、感情的な言葉が飛び交った、と報じられました。
歳若い本人が、己の才能も含めた上で、高い理想を持つこと自体は仕方ないのかもしれませんし、それを頼もしいと見る見方もあるでしょう。
しかし陣営はというと、プロモーターは最短記録前提で動き、トレーナーは冷静に、地に足のついた態度で接することもない。
報道陣相手に「確かに倒せなかったけど、相手は世界の2位なんですよ!」と声を荒げた、という話が後日、伝わりましたが、あらゆる面で、この試合にまつわる状況を正しく認識していないな、と思い、げんなりしたものです。
この一戦は、キャリア浅く歳若い辰吉丈一郎の持つ才能、その非凡さを十全に見た一戦でした。
また、118ポンドに落としたときに共通する足取りの軽さは、岡部繁戦以来のもので、この辰吉なら、最初から無理に決め手狙いに出ず、きちんと相手を見て、試合を繊細に組み立てる良さが出せるのだ、と思えたことは、今後に向けて明るい材料でもあった、と思います。
しかし、その若く非凡な才能を、ボクシングの世界最高峰に到達させることより、ビジネスの算段を優先する者、そして辰吉の才能に「惚れ」ているが故に、冷静に立ち振る舞えない者で構成される陣営の姿が、様々に見えた一戦でもありました。
ファンとして、類い希なる才能の持ち主に対する期待と、それ故に?まとわりついてくるあれこれへの危惧を抱えつつ、辰吉の世界挑戦決定の報を「仕方ないこととはいえ...」という思いで、待ちました。
まあ、大方、ここに行くんだろうな、という気はしていて、その通りの相手に挑戦することになるわけですが、その結果と内容は、またしてもこちらの想像を遙かに超えた、凄まじいものでした。