破局の危機から生還した王者 井上尚弥、苦闘の末にKO勝利




ということで昨夜は座間にて観戦してまいりました。
本当に参りました...。
取り急ぎメインから簡単に感想。


後付けと言われても仕方ないですが、入場してきた井上尚弥の顔を場内のモニタで見たとき、
ちょっと覇気がないというか、試合に臨む構えの心が見えないような...
普通の油断というのとも少し違う。とにかく違和感を持ちました。


序盤は、これこそトコロテン1位もいいところの挑戦者、ペッチバンボーンに対し、
スピードの差は歴然。ジャブはほぼ全部入る印象。
ペッチバンボーンに一発もらうと、少しムキになってか?連打で返す場面もあり。

右拳について、バンデージの巻き方から見直したと報じられていましたが、
加えて、打ち方自体も自重気味かと見えました。これは良いことだと思いましたが、
やはり時折、力を込めて叩き付ける打ち方も散見はされました。

3回が始まるころにはもう顔が真っ赤のペッチバンボーン。
何せジャブが外せない、追撃の攻めもあれこれとあり、ほぼ防げない。
しかし、石田匠戦での戦いぶりというか負けざまとは、えらい違いの気合で耐えて打ち返す。

これは中盤くらいに倒してほしい、硬いとこ打つのは避けてボディ狙えんかな、と思っていたら、
試合は段々、その甘い予測とはまったく違った様相になっていきました。



5回、ローブローか頭を嫌ったのか、横を向いて打たれる。打ち終わりを狙われる。
6回、ロープに下がって右ロングを食う。
7回も井上のジャブからの攻撃はあれやこれやと決まるが、
ペッチバンボーンは倒れるどころか止まらない。

8回、井上がジャブと足で捌こうとするが、上体が伸びたまま回るので、見ていてひやひや。
そして、その流れの中で、今度は露骨に集中を欠いて横を向く。当然打たれる。

この辺になると、相手どう以前に、井上尚弥自身に異変があることは明らかでした。
拳の負傷だけではなく、何か重篤な体調不良なのか。かなり危うい状態に見えました。



どれほど才能に恵まれ、圧倒的に強かろうと、こういう試合によってもたらされた敗北とその傷は
ひとりのボクサーにとり、決定的な破局への序章となりうる。
それなりに継続してボクシングを見ていれば、誰もがその過酷な現実を知っているはずです。

彗星の如く現れ、その圧倒的な強さで驚愕の勝利を重ねてきた井上尚弥は、
今まさにその過酷な現実、ボクサーとしての、破局の淵に立っているのではないか。
この試合が敗北に終わったとしたら、それは彼のキャリアを、この先に語られている壮大な夢を
取り返しのつかない形で破壊することになるのではないか。

終盤は、そのような思いにとらわれて試合を見ていました。



10回、ペッチバンボーンはジャブで打たれ続けているが、井上の足が止まると
攻撃の手が出る。
井上は見るからにきつそうで、ガードの戻りが遅くなり、頭をつけて打ちあう際、
危ないタイミングで打たれかける。ボディを打たれ、止まる場面も。

しかしこの後、打ち合いになって互いに右を決めるが、井上がアッパーなどで追撃。
立て続けに打たれたペッチバンボーンが、ついに倒れ、カウントアウト。
悪夢のような試合が、やっと終わりました。



試合後の情報では、右拳を痛めたのみならず、試合二週間前から疲労性の腰痛を患い、
肝心の最終調整段階に狂いが出たとのことでした。
減量のペースを上げる時期に、体が動かせなかったのでは、不調も止む無しではありましょう。
よくその状態で闘い、フィニッシュにまで持ち込めたものです。
井上尚弥はまたしても苦境に立ちながら、その並外れた力を証明したとも言えます。


しかし、その勝利は、将来に期待される壮大な夢、米国進出やローマン・ゴンサレスとの対戦への
景気づけの勝利、という試合前の想像とはかけはなれたものでした。
まさしく絶体絶命の危機からの、或いはひとつの勝敗を超えた、ボクサー生命の危機からの
ぎりぎりのところからの「生還」に見えた、というのが正直な感想です。


過剰に、悲観的な見方をし過ぎているのかもしれません。
しかし、少年時代から厳しいトレーニングを重ね、今なおそれを継続して、プロのリングで
勝って当然という見方の中で闘い続けている井上尚弥の心身には、我々が思う以上の負荷がかかっている。
実際の年齢はもちろん、その風貌もまだまだ若い井上ですが「ボクシング年齢」については
けっして若いわけではありません。


そして、この故障続きの状態でローマン・ゴンサレス戦への交渉が語られることの是非も、また。

改めて、あの苦しい展開の中、ぎりぎりで踏みとどまったのみならず、
持てる力を振り絞って猛攻し、KOを決めたその底力は、並大抵のものではないと思います。
しかし、あの劇的なフィニッシュを見てもなお、見ているこちらの心を覆う暗雲が晴れたわけではありません。

中盤の停滞、集中の欠如から来る防御の欠落(或いは「放棄」?)は、相手が一定以上の力を持つ
世界上位の選手だったら、おそらく敗北につながっていたことでしょう。

年末にルイス・コンセプション、来春には...と今朝の報道で見ましたが、
何よりもまず、井上尚弥というボクサーの現状、内実をしかと見定めた上での話であるべきだ、と思います。