楽な相手かと思ったら、未知の強敵だった 田中恒成、パランポンを逆転KO




ということで昨日のセミファイナル他、感想。

田中恒成はWBO13位パランポンに初回にダウンされ、9回逆転TKO勝ちでした。

初の全国生中継(おかしな話ですが)、WBA王者田口との対戦が喧伝される中、
ランク13位の相手ということもあり、格下相手の楽な防衛戦なんだろう、と思っていました。
カードが発表された際は、アコスタの次に上位とやれとまでは言わずとも、
もうちょっとマシな感じの相手にしてもらわんと、却って調子狂ったりせんやろか、とまで。

実際、会場に行くと決めた理由は、あくまでメインがお目当てであり、
この試合は、前座に組まれた他の日タイ戦同様、というのは言い過ぎにしても、
緊張感を持って見るような試合だとは思っていませんでした。


ところが試合当日が近づいてきた頃、この挑戦者について、さる筋から意外な話を聞かされました。

パランポンはムエタイの二大殿堂、ラジャとルンピニーの両方で王座を獲得しており、
WBCが設けた...のではなく、タイ政府が推しているWPMFムエタイ世界王座も獲得している、
ムエタイの一流選手であるとのこと(情報、ご教示いただきましたので訂正します)。
国際式では、強いのとはやっておらず、来日して板垣幸司に負けているが、
タイの大物プロモーター、ウィラット氏が持つ選手であり、今回世界戦に出すということは、
それなりに期待し、勝負を賭けての決断のはずだ、という話でした。

事実、セミの試合の際に、タイ陣営のコーナー下に、見覚えのある七三分けの、
白いジャケットを着た、大柄なウィラット氏の姿が見えました。
タイの最高傑作ボクサーのひとり、ポンサクレック来日の際、何度も見たお姿でした。

あの大物が直々に来日しているということは、つまりはそういうことなのだろう。
パノムルングレックの試合ももちろん大事だろうけど、それだけでわざわざ来るだろうか?
どうやら、パランポンは我々が勝手に思っていたような「お相手」ではないのかもしれない。


そんな風に思いながら、見始めた試合は、ご覧の通りの激戦となりました。

立ち上がり、田中恒成の左目のあたりに、パランポンのジャブが綺麗に入る。
右ストレートも飛ぶ。初回終了間際、振りの小さい右で田中がダウン。

2回以降、田中は徐々に反撃するが、パランポンのシャープなパンチが怖い。
打ち出しが小さく、当て際で切れるパンチは、精度も高く、田中を脅かす。

中盤、田中は速いコンビネーション、ボディ攻撃を見せるが、パワーショットを狙うと、
微妙に外され、パランポンのカウンターが飛んでくる。
田中は出血にも悩まされ、ジャブで傷のあたりを打たれるなど、苦しい場面も。

8回に田中が攻め、9回、速いワンツーが決まってパランポン、ダウン。
追撃でストップになりましたが、格下相手の楽勝防衛、と思っていた想像とは
かけ離れた熱戦、見応え充分の好ファイトになりました。


勝ち負けが逆になるかどうか、というと、初回のダウンシーン以降は、
田中が確実に立て直し、出血に悩まされながらも、ポイントは取り返していました。
このあたりは、パランポンのような好選手相手でも、田中の確かな実力が見えた試合でした。

おそらく、映像資料も僅かだったでしょうし、聞こえてくる世評もまた、
田中を油断させるに充分な?ものだったでしょうが、そういう状況で、実はけっこう強かった相手に、
苦しみながらも「間違い」は起こさせない、それはやはり、田中恒成ならでは、だと。


しかし、試合後の報道では、頭痛を訴えて救急車で搬送され、今朝の会見では
眼窩底骨折の疑いありで、年内に試合を出来る状況ではない、とのことです。

田口良一との統一戦を、両陣営がどの程度本気で実現させようとしていたのかどうか、
確かなことは何もわかりませんが、両選手は本気でそれを希望していたようですし、
ことに田中の方は、自身の苦戦と負傷でそれを流してしまったことを、残念に思っていることでしょう。

しかし、畑中清詞会長が言うとおり、何よりも選手の体調が第一です。
TV局の年末に向けた目論見などより、まずは負傷を癒やし、苦戦を省みて、
さらなる次への大きな闘いに目を向けてほしいと思います。


それにしてもパランポン、本当に、思った以上に手強く、良い選手でした。
構えが締まっていて、かつ力みがない。スタンスの調整も程よく、バランス良し。
ジャブ、右ストレートはコンパクトでシャープ、ガードの戻りも速い。
何よりムエタイの強豪選手でありながら、その癖がほぼ見えない。

ポンサクレックを見ても思ったことですが、よほど良いトレーナーに指導されているのでしょうね。
今回は残念でしたが、また日本で見てみたい、とさえ思うほどでした。


...しかし、一体誰がこういう挑戦者を選んで、今回の田中に当てたんですかねえ。
わかってやってたんだとしたら、ちょっとした「罠」ですが、何も知らんとやったことなら、
それはそれで如何なものかなと...。

最近は、挑戦者の「厳選」に血道を上げているようなところもよく目にしますが、
それと比較すると、ちょっと珍しいな、こういうの、とも思った次第でありました。


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そのウィラット氏が、こちらもまたコーナー下に鎮座される中、行われたセミセミは、
和氣慎吾が、久高寛之との二試合などで知られる、元世界フライ級1位で、今はWBAバンタム級7位という
パノムルングレックと対戦しました。

3回、小柄なパノムルングレックを、よくボクシング漫画でも紹介される
コークスクリュー」ぽい、左のショートカウンターでダウンさせる。
このパンチは振りが小さく、しかし驚くほど鋭く切れる一打。
和氣の迎え打ちの巧さと、強打者ぶりが存分に出ました。
これを直に見られただけで、会場に足を運んで良かった、と思うほどの、お値打ちな一発でした(^^)

しかし小柄なパノムルングレックは、偉いさんの眼前で、序盤から気合い充分。
体格差をものともせず攻め込み、ダウンさせられても怯まず、攻め込む場面再三。

この試合、8回戦でしたが、もし10回戦だったらポイント挽回される余地ありかな、と
見ている最中に思うほどでした。
しかしラスト8回、和氣が意地を見せて左を連発、ダウンを奪ってTKOに持ち込みました。

和氣は3回、8回に見せた攻撃力、破壊力はさすがでしたが、やはり相変わらず構えが甘く、
相手のパンチの「通り道」がぽっかりと空いてしまっているのが、見ていて不安でした。
相手がそこに来たところを、強打で捉えるセンスと力も見えますが、それがかなわないときは、
小柄なパノムルングレックに攻勢を許してもいて、良くも悪くも、スリルある試合ぶり。

しかし、全体的に一発の切れ、威力が少し落ちているのかな、絶好調時と比べると少し...
と見える場面も、中盤にはありました。再起二戦目ですから、まだまだこれから、と見るべきなんでしょうが。


それにしても、なんだかんだ言ってこの人、パッと見てインパクト強いというのもありますが、
やっぱり試合ぶり自体が、良いとこも悪いとこも含めて派手というか、華やかなんですね。
スターの素養があるというか。見ていて、理屈抜きに楽しいというか。
ボクシングの作り自体には、ちょっと納得出来ないところもあるんですが、世界戦二つに加えて、
この人の試合も見られて、やっぱりお得な興行だったなぁ、と思っております。


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先日に「見る者に試練を与える興行」になりそう、と書きましたが、私が間違っていました。
結果として長時間の休憩連発、ということにはならず、試合内容も、セミセミセミが期待以上に
見応えのあるものになったことで、見終えて満足感が高い興行でした。

井岡ジムの4選手が、タイ人軍団と闘って4勝した試合は、改めて語るようなものではなかったですが、
全員序盤で倒れるということもなく(別に大健闘というのもなかったですが)、
おかげで、二階席で酒盛りを始めたり、トランプで遊んだりすることもなく(当たり前や)、
時間としたら長いですが、間延びした印象はあまりなかったです。


やっぱり、前評判と違い、大健闘したパランポン、そして体格差をものともせず食い下がった
パノムルングレックのように、良い相手と組めば、良い試合になるし、見てるこちらも、
結果がどう、内容の細かいところがどう、というより先に、得心がいくというものです。

MJヤップに敗れたときの山本隆寛だって、そうだったのです。
この日、井岡ジムの選手が、そういうところに一切関与していなかったのは、少々残念に思いました。